この国の

原子力アレルギーには恐れ入ります。

先日、被災地の松で作った薪が京都の送り火(大文字)で使われないとのニュースをみました

ちゃんと調査して問題ないとされながらも

身近な人、大切な人を送り出すためにメッセージまでしたためられた薪だったようです。

独自の調査までしたのに中止したということは用心を重ねたというより風評被害をおそれたのでしょうか?

実際に微量の放射線が残っていたからといって送り火に使った程度でどれほどの健康被害や汚染があったというのでしょう?

そんな風評より目に涙を浮かべながら薪を用意している被災地の方の気持ちを重視できなかったのがなんとも悲しいです。


同時にこの国の原子力(核)アレルギーの根の深さを思い知らされます

そりゃ唯一の被爆国で広島と長崎であわせて約30万人のかたの命が失われ、それ以上の人の人生に大きな被害を与えているわけですから嫌悪するのは当たり前かもしれません。

でも原子力という技術自体が悪なのでしょうか?

核兵器は当然忌むべき存在であり無くしていかなければならないと思います。

今回のような事故があった以上、これから先に原子力発電に依存するのはやめようとする動きも理解できます。

しかし、あくまで個人的にですが技術それ自体が悪であるとは思いたくありません。

実際に避難区域で生活をしていたわけではないですし、被爆の恐怖の戦っていないから言えるのだと思われるかもしれません

それでも、新しい技術やまだよくわかっていない技術=希望であると信じています


なんでもかんでも大げさに報道され正しい知識が入り辛い世の中です。

これからも不安は山よりありそうですが、こんな時だからこそ人の思いを大切にしたいと思うばかりです
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